私が生まれる前から、庭にはあの梅の木があった。
樹齢100年超え。毎年初夏になると実をつけて、祖母と一緒に梅をちぎるのが我が家の梅仕事のはじまりだった。ちぎった梅は梅干しになり、梅シロップになり、一年中食卓のどこかにいた。
祖母の梅干しは、昔ながらの酸っぱいやつだ。
箸の先に果肉をちょっとつけるだけで、ごはん一杯軽くいける。あの味。
私はその工程をずっと横で見ていた。塩の量も、干し方も、完璧に覚えている。
なのに、どうしてもあの味にならない。
環境なのか。天候なのか。何度作っても、あの梅干しにはならなかった。工程は覚えているのに、味は再現できない。たぶんあの味の正体は、レシピじゃなかったのだ。あの庭の梅、あの土地の天気、あの家の軒先、そして祖母の手。全部揃って「あの味」だった。
だからもう、梅干しは作らない。地元の道の駅で売っている、祖母の味に近いやつを送ってもらっている。これはこれで、私なりの答えだ。
家を出て、梅をちぎることもなくなった。
家を取り壊す頃には木は枯れて、小さな花がポツポツと咲くだけになっていた。
今はもう更地になって、あの梅の木はない。
でも、梅仕事は私の中に残っている。
つづきはこちら → 夏の手仕事、梅シロップ仕込みました

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